平成26年7月に募集しました「第二回伝えたい阿蘇の農業遺産資源」につきまして、阿蘇各地から49件の応募をいただき、大学の先生等で構成される選考委員会にて審査(現地調査や聞き取り等)を行い、審査結果を受けて新たに23資源を登録しました。
※第一回伝えたい阿蘇の農業遺産資源の登録資源は、こちら←をクリックしてご覧ください。
「第二回伝えたい阿蘇の農業遺産資源」登録資源一覧
阿蘇タカナ (阿蘇地域)
阿蘇高菜は、阿蘇地方でしか採れない、阿蘇を代表する農産物の一つです。阿蘇は、標高約400~900mにあり、冬は寒さの厳しい地域です。阿蘇高菜は、秋ごろに播種され、雪の下で冬を越します。早春の収穫は「たかな折り」と呼ばれ、この時季の風物詩ともなっています。阿蘇の人にとっては、長い冬を超えて初めて口にする野菜であり春の喜びを感じるものだったそうです。寒暖の差が大きい気候や火山灰土壌という阿蘇特有の風土に育まれた阿蘇高菜は、茎が細くて歯ごたえがあるのが特徴で、高菜漬けとして販売されるほか、刻んだ高菜漬けを混ぜ込んだ高菜飯は阿蘇の郷土料理として知られています。
阿蘇のトウキビ (阿蘇地域)
阿蘇を代表する農産物の一つに「とうもろこし」があります。阿蘇ではとうもろこしを「トウキビ」と呼び、トウキビが軒先に吊るされている風景は阿蘇の風物詩でした。吊るされていたトウキビは「大デッチ・小デッチ」という在来の品種で、乾燥させて保全食や牛馬の飼料にしたり、そのままご飯に混ぜて食べられていました。その際、トウキビの実を効率よく取るための「とうもろこしあやし」と呼ばれる手動の機械が使われているそうで、トウキビの実がきれいに取れる様は感動すら覚えます。さらに、残った芯や皮は、捨てずに「とうきび人形」を作り、阿蘇のお土産として売られていました。
※写真は、大デッチを吊るしたもの
折戸地区の堤と農村文化 (阿蘇市)
阿蘇市折戸地区には、湧水によってできた堤(つつみ)があります。堤から流れる小川にはシジミ、メダカ、タガメなどが生息し、その美しい水は、周辺の水田の水として利用されています。折戸地区では、朝早くからの農作業の合間にとる休息を「こびる」といい、かきもちやあられ、じり焼だんご等を食べながら農作業に励んでいたそうです。また、田圃の一画には「村湯」と呼ばれる共同利用の温泉があり、農業で汗を流した人々の休息や地元住民の憩の場となっています。
※写真は、折戸地区の堤
内牧湯浦地区の里山 (阿蘇市)
阿蘇市湯浦地区には、日本の典型的な里山の景観と営みが残っています。家の前には水田が広がり、家の裏側には暴風対策や薪をとるための林があります。この林を抜けて坂道を登っていくと草原(牧野)が広がり、牧野では牛馬が放牧されています。この牧野の斜面は、放牧が終了する秋から冬にかけて、牛道(右写真)が明確となり斜面に美しい縞模様の情景や現れます。さらに山肌に雪が積もれば、神秘的な造形を生み出し、この景観は、阿蘇市から小国方面へ向かう道(国道212号線)の途中から見ることができます。また、周りの林や草原では山菜も採取でき、周辺環境と共生した人々の営みがあります。
しぐれさん(雨乞いの石) (阿蘇市)
阿蘇市内牧湯浦郷の琴川上流には、地元住民が雨乞いの石と崇める大きな石が存在します。毎年、注連縄を奉納し、御神酒を献上して祭りが行われています。田植時期は一番雨が必要な時期で、雨が降らない場合には、ここで雨乞い祭りを行い雨が降るのを祈っているそうです。
土用三郎 (阿蘇市)
土用三郎とは、8月3日(土用の3日目)のことを言います。この土用三郎の日に水が湧き出る場所や泉等に小さな竹筒を準備し御神酒を竹竿に蔓し、水への感謝の祈りを行います。その時に、農家で出来た初物の野菜やナスなど)やキュウリ等で作った馬の形をした創作品を御供えして、水難事故の防止や牛馬の安全を祈願されているそうです。
阿蘇の盆花 (阿蘇市)
阿蘇では盂蘭盆(8月13日~15日)の際、祖先を敬うため、お盆前の朝仕事として草原の野の花を採取に行く風習があります。草原から取ってきた野の花は、8月13日精霊迎えの時にお墓にお供えして、少し残した分を8月16日の「送り盆」の墓参りの時に供花することが習慣となっているそうです。都市化していくなかでもお盆前には昔ながらの草原の花がたむけられる光景は、将来に残していきたい阿蘇の文化です。
と ぼ さ く
斗棒作 (阿蘇市)
斗棒作とは、元日の朝や春の彼岸に行われる本年の作柄を占う行事です。約4センチ程の竹の筒(両側にふたなし)に米・ムギ・大豆等それぞれどの作物か分かるように記しをつけます。その竹筒をお米を炊く前にそれぞれ入れて炊き込みます。炊き上がったご飯から竹筒を取り出し、竹筒の中に満遍なくご飯が入っている場合は豊作、半分位しか入っていない場合は異常気象の年と推測して肥料を抑え米の倒伏対策などを行っていたそうです。現在では、天気予報の発達や栽培技術の進歩に伴って、このようなことを行う農家はほとんどいないとのことですが、斗棒作は天候等に左右される農業でより多くの収穫物を得るための先人たちの工夫でした。
小倉の虎舞 (阿蘇市)
「小倉の虎舞」は、約4百年もの歴史を持つ民間の郷土芸能です。阿蘇市小倉地区の虎舞は、豊作だった翌年の正月に限り奉納され、阿蘇山の噴火災害、霜害、洪水と古くから凶作に苦しんできた農民の豊作に対する感謝の思いが込められています。「小倉の虎舞」は、三味線や笛などの伝承者や専業農家が減ったことで昭和35年から途絶えていましたが、平成18年に、地域の人々の努力で復活し、現在は、子供からお年寄りまで、地域を挙げて伝承に努めておられます。
西原村の落花生(落花生豆腐) (西原村)
阿蘇外輪山の火口瀬から白川流域の立野、大津、西原方面に極地的に吹き出す東からの強風は、西原村で「まつぼり風」と呼ばれています。「まつぼる」とは、根こそぎ持っていくなどの意味で、西原村ではこの「まつぼり風」という強風のため、土の中で育つ作物を中心とした農業が営まれています。その一つが落花生であり、西原村の落花生生産は、阿蘇山由来の厳しい風の中で農業を行ってきた先人の知恵が詰まっています。また、この落花生を使った落花生豆腐は、水に浸した落花生をミキサーにかけ絞り出した煮汁を練り上げるもので、祝い事などに出される家庭料理です。今では、地元の直売所などで売られており、人気商品となっています。
西原村のからいも(いきなり団子) (西原村)
阿蘇外輪山の地形に由来する「まつぼり風」と呼ばれる強風により、西原村では土の中で育つ作物を中心とした農業が営まれていますが、「甘藷(以後、からいも)」はその一つです。
この「からいも」をつかった「いきなり団子」は、地元直売所でも人気商品です。今では小豆あんが入っていることが一般的ですが、昔は小麦粉とからいもだけで、突然の来客にも出せるような各家庭で作られていたお菓子だったそうです。
エヒメアヤメ (産山村)
エヒメアヤメは、山の草地や疎林地に生える多年草です。大陸系遺存植物(かつて大陸と陸続きだったことを示す植物)で阿蘇では産山村で主に見られます。野焼きにより周辺の背の高い草などがなくなることで、たくさんの太陽を浴びることができ生育が可能となっています。エヒメアヤメの花は青紫色で、5月頃に野焼きで黒くなった草原をキスミレ等とともに美しく彩ってくれます。
産山村の扇棚田 (産山村)
全国棚田百選、うまい米作り百選に選定されている、景観・環境に優れた棚田です。棚田で使われる水には、名水「山吹水源」の水が使用され、おいしいお米が生産されています。この水は、手掘りした1300mの水路によってひかれたそうで、先人たちの苦労が想像されます。
美しい棚田を写真に撮ろうと、多くの人が訪れる写真スポットにもなっています。
色見のつるのこいも (高森町)
「つるのこいも」は、里芋の一種ですが火山灰土壌のやせた土地にしかできない作物です。火山灰土壌で米、麦の栽培が困難であった高森町色見地区では、「つるのこいも」を主食として生活していたそうです。一説には形が鶴の首に似ているので、鶴の子芋というそうです。現在、生産された「つるのこいも」のほとんどは、高森田楽で使用され、味噌と一緒にいろりで焼いてだされる「つるのこいも」は絶品です。
みさを大豆 (高森町)
「みさを大豆」は、大正十年、阿蘇郡高森町草部で井上みさをさん(右写真)という農家の主婦が見つけた1本の苗木を、大事に生育し増産された大豆です。この大豆は、水田にすき込み地力向上のための作物として普及し、戦後は加工用の大豆として使用されてきました。しかし、現代の大豆に求められるニーズに合わなくなり栽培農家が激減してしまいましたが、高森町の一部の農家の中で受け継がれてきた幻の大豆です。
現在では、栽培している生産者はいません(協会調べ)が、高森町の小学校では、先人の偉業を学ぶため、授業の一環で栽培に取り組んでいます。
菅山地区の棚田群 (高森町)
高森町菅山地区にある棚田で、主に「菅山の棚田」、「水迫の棚田」、「水湛(みずたまり)の棚田」の3つがあります。それぞれ特徴があり、三日月型の田んぼがきれいに並んでいる「菅山の棚田」、様々な形の田んぼから成るが非常に整った「水迫の棚田」、遠くの景色と合わさった景観が非常に美しい「水湛の棚田」、それぞれ非常に素晴らしい景観が広がっています。近年では、過疎化や高齢化に伴い消滅の危機に瀕していますが、地元の農家が頑張って守っています。
※写真は、菅山の棚田
前原牧野とキャンプ場 (高森町)
根子岳のふもとにある前原牧野の一角にキャンプ場(鍋の平キャンプ場)があります。そのキャンプ場は、周辺にはあか牛が放牧され、眼前にそびえたつ根子岳の雄大さに感動します。このキャンプ場では多くの動植物を見ることができるため、夏には多くの小中学生や家族連れが訪れ、自然環境学習の場にもなっています。
※写真は、鍋の平キャンプ場横の牧野風景(写真奥の山が根子岳)
村山牧野(らくだ山) (高森町)
村山牧野は、らくだの背のこぶに似た姿が地域のシンボルとなっており、「らくだ山」の愛称で親しまれています。この牧野では、地元の牧野組合とボランティアが一緒に野焼きを行っており、その野焼きにより「らくだ山」の景観が維持されています。また、夏にはグリーンツーリズムが行われており、来た人々を楽しませています。らくだ山の展望所から見る阿蘇五岳と麓の風景は大変素晴らしいものです。
かみそそがわ
上洗川神社の湧水 (高森町)
一説には、祭神である健磐龍命(たけいわたつのみこと)が旅の着物を濯いだということから洗川(そそがわ)の名が由来するといいます。その神社横からでる湧水は、日量500トンと言われ、農業用水として使用されています。また、この神社では、年に一回、五穀豊穣を願う集落の集まりがあっており、水の少なかった高森町で、水への感謝が行われています。
※写真は、上洗川神社
たかもりどんのすぎ
村山牧野と高森殿の杉 (高森町)
村山牧野内に、「高森殿の杉」(以下、殿の杉と略す)という独特な形をした杉があります。近年、「殿の杉」は観光スポットとして定着しつつありますが、殿の杉は、牧野内の放牧牛の雨宿りの場所として牛たちが使っています。牧野と殿の杉が一体となった光景は大変珍しく、一見の価値があります。
岳の湯の黒菜 (小国町)
黒菜は古くから冬場に小国町岳の湯地区の温泉熱で栽培されてきた阿蘇の伝統野菜です。地温が高い、ごく限られた畑でしか栽培できません。また、この地区ではあちこちで湯けむりが立ち上り、畑の一角はまるで地獄温泉のようなボコボコとした突沸が見られます。そのため、黒菜の栽培は、一歩間違えば大きな火傷を負ってしまいかねない大変危険な作業なのです。そんな条件の中、地元生産者により黒菜は丹精込めて栽培され、小国町岳の湯温泉内の直売所で12~1月ごろ販売されています。地元では、主におひたしや御雑煮として食されています。
押戸石の丘 (南小国町)
押戸石の丘は、古くから地元の住民により豊作を願う祭事が採り行われてきました。押戸石の丘と言えば、丘に広がる大きな石が特徴的です。この大石の上に乗ると雨が降ると言われており、地元では、田植え時期には石の上に乗り、稲刈り時期には決して乗ってはいけないと言われています。また、押戸石の丘から草原が一望でき、その風景は絶景です。このような草原は、採草放牧地として地元地区民による野焼き等の維持管理が行われることで維持されています。
吉原神楽 (南小国町)
吉原神楽は、大分県竹田市より伝承され、明治27年に吉原神楽連中として活動を開始しました。それ以降、地域住民の努力により120年以上続けられてきた国選択無形民俗文化財の指定を受けている伝統文化です。毎年9月20日に吉原神社(南小国町)で例大祭が開催され、その中で五穀豊穣と集落の安全を願い神楽が奉納されています。また、近年では町内外のイベント等へ参加して神楽を披露するなど、吉原神楽のPR等も積極的に行っておられます。